カテゴリー: 日々の出来事や趣味の事など

ネット老人会(年寄りの戯言)

各種SNSを拝見しておりますが、ネットとの人の交流とか情報の垂れ流しとか1990年からニフティー通信にハマっていた頃の私からするとすごい進歩と一般化したものだとつくづく痛感いたします。ネット老人会の私からすれば草の根BBSとかは主がいて色々と怒られたり、またネチケット(ネットの中のエチケットをそう呼んでた)を教わったものです。
良し悪しは別として顔の見えない方の交流とはまっ一線を引いたものでしたね。
当時からクレクレ君と呼ばれる教えてさんがいましたが、そんな人に対しては主らしき人から「ネットはギブアンドテイクだ」とか言われましたが
今のSNSでは情報を出す側も盛り付けていたり、またAIを利用しての嘘か本当か分からん情報を出してますねぇまっ選ぶ側は自由ですが教えてくんもそんな情報をあてに店を選び、少しでも悪いと思えば評価を低くして出したり悪口書いたりとか。。。
もううんざりですねぇ読む側に対しては面白いですが、もうこうなりゃネット老人会の私はロムすることにしています。
ここに書いてるので、なんでやねんと思われますが、これは私の運営てるホームページなので年寄りの戯言ということにしておいてください

SNSが広がり始めた頃、確かMIXI辺りかな?
あの頃に行きつけのお好み焼き屋が
「もうしんどいから店閉めるねん」ということを聞きました。それは色々とネットで評判になってオーナーが忙しく過ぎてのことだったのです高齢の女性とたまーに主人が手伝っていたお店でした。

現在のSNSでの情報にて口コミ、評価、教えてくん。そんな時代なのでしょうが食べ物やであろうと、服屋さんであろと、散髪屋さんであろうと。知らない店の扉を開けてはその店での流儀なるものを知り、そこから行きつけの店になるってのがお店と客のスタンスなのかと昭和の老人は感じるし、また街の面白さ、人とのつながりを感じるものかと思います。

※写真と本文は関係ありません

今年も行ってきました児島せんい祭り/THE DENIM/無くなるもの、残るもの、続くもの

ほぼ毎年行っている児島のイベント。ちょうど淡路島からだと2時間ぐらいで着く距離で早朝から出かけるのでほぼストレスなく行けます。
今年も午前六時発にて、午前八時にちょうどTHE DENIMの芝生会場の横にある市営駐車場に着きました。
今年は車も多く、また人通りも多いのでいつもより賑わっているのかと思いましたね、またインバウンドで外人さんの人たちも多く居てました。
どうみても転売ヤーの方達もちらほらと見受けられましたね

最近は欲しいものをとりあえずメモってでかけております。何故なら安さに釣られて!?とかブランドにつられて余計に買うものしてしまうことが多いのでそうしているのですが
大抵家に帰ってから「あれも買っておけばよかった」「あの店にいけばよかった」とか後悔の方が多い気もしますが。。。。

で、前にも書いてるかもしれませんが児島は繊維の町、学生服の町、ジーンズの聖地と言われており一度は衰退してきたのがまた新たに移住者とかここでしかできないモノづくりがあるので活気が出ているのかなと感じます。
今はもう世界の児島になっているのですね
(とあるブランドはルイビトンと提携したとか、またどこそこのブランドを受注しているとか聞きます)
そんな事を私が住んでいる淡路島で置き換え考えることがあります。
淡路島の今はブームといっていいのか、すごく観光の島として宿泊施設が出来たり新たな飲食店ができたりしています。
農業関連の移住者も多くて、農業が淡路島の地場産業として考えると児島の繊維の街といのと同じなんだと思います。
ブームだけでなくそれが将来へと繋がるものであって欲しいですね
高松の「うどん」も瀬戸大橋ができた頃からブームとして盛り上がり映画UDO Nでも描かれてましたがそれからも地元の文化として根付いているのが元々本来の姿なんでしょうね
そんな事を思いながら児島も高松も高知も毎年通っていますが地方が残っていく何かが起爆剤となって受け継がれていけばと思います

なんか評論家みたいな事を書きましたが、今住んでいる淡路島を照らし合わせて書きました。
橋のない時代に島内だけでも賑わっていた島。80年代にペンションブームが起きてその後橋ができた頃には「ただの橋桁でゴミを落とすだけ」と比喩されて
今現在パソナ、その他島外資本で賑わっている淡路島。これからどうなるんでしょうね

 

古着・ビンテージ・アートピースに思う

幼少の頃より洋服が好きで、小学生の頃には自分でジーンパンに色んなボタンを縫い付けたり、女性物を合わせてみたりしていました。たぶん家の仕事がクリーニング屋だった事や、3つ上の姉がいたせいだと思うのですが。。。
高校生の頃にクリーニングのお客でy’sのブラウスを出してくれたのを見てなんて綺麗なブラウスなんだろうと感動してそれから山本耀司や川久保玲の世界にハマっていくのですが、今年61歳のジジイになっても興味はあせません(苦笑)

さて、50年ぐらい色んな洋服を着てきましたが古くなってしまったのは当然の如く捨ててきました。
物によれば人にあげたりしたのもあるのですがほとんどはゴミになってTシャツぐらいはパジャマとして活用はしていました。
山本耀司や川久保玲の服に関しては価格的にも捨てきれずそのまま保管してたりしてましたがそれでもサイズアウトになった物に関しては捨ててしまってます。

コロナ以前ぐらいだったか?自分の子供が小遣い欲しさにメルカリで私たち夫婦の着なくなったものを売ることになったのです。
ちょうどイッセイミヤケが「プリーツプリーズ」を販売した頃に何点か購入したものがあり着らなくなったので売ることに。
すると1時間も経たないうちに売れてしまったのです。また購入者からの質問でまだありませんか?ということでまだアップしきれてなかったのですが
数点のプリーツプリーズが完売したのです。
「へぇー凄いな、こんなに簡単に売れるんだ」と実感したものです。
まだこの時点では実感が少なく、コロナの頃に暇を持て余して友達に依頼してメルカリやオークションに出品することになりました
モノによればすぐ売れるモノ。また希少性が高いと思っても売れないモノがあるのを実感したのです

それから現時点
そこで、そのモノの価値?というかどんなものがあるんだろうとググってみたら、今は古着ブーム(少し遅いですが)とやらでモノの価値が変わってきているのが理解できました。
確かに昔から古着ブームとかビンテージブームを見てきましたがだんだんと希少性のモノの価値が上がってきていて、ちょっと昔なら数万程度のものが数十万になってたりするんですね!?驚きでした。
まー、オークションなりメルカリなんか手軽になったのもあるし、情報が多く手に入るので拍車がかかってるのでしょうか

ここから今までの販売したものや手持ちの紹介です

オールドステューシーっていうらしく取引が多いらしいですね?売るまで知らなかったです(苦笑)
穴が空いていたり、ボタンがかけてたりしましたがそれがまたアートピース?と言うらしくてそんな事も六十一となって知りました。
オークションでかなりセッて入札されました

コムデギャルソンオムプリュスのセットアップで、私が未だオークションも無い頃に自分で作ったホームページで販売しました。
1万円でしたがすぐ売れました。
※昔の写真なので小さくて画像が悪いです

これに関しては、販売当時3万でしたが、今はなんと!!!!30万ぐらいの価格がついてます。
3万で入札された時もオドロキだったのに。。
恐ろしや、ビンテージの世界!!コムデギャルソンオムプリュスの94年だったかの縮絨のベストです。
ちなみにセットアップで買ったモモヒキ縮絨は未だあります。
※昔の写真なので小さくて画像が悪いです

ヨウジヤマモトのパーカー。今ではなんぼぐらいやろ?友達が買ってくれました

y’sフォーメンのブロードシャツ。
高校生の頃にいかした姉さんがクリーニングに出してくれたのを見てそれからはまりました
これは私所有で売り物ではありません


色んなブランドを着ていたDCブランド世代



クリーニング職人道具