カテゴリー: 日々の出来事や趣味の事など

今年も行ってきました児島せんい祭り/THE DENIM/無くなるもの、残るもの、続くもの

ほぼ毎年行っている児島のイベント。ちょうど淡路島からだと2時間ぐらいで着く距離で早朝から出かけるのでほぼストレスなく行けます。
今年も午前六時発にて、午前八時にちょうどTHE DENIMの芝生会場の横にある市営駐車場に着きました。
今年は車も多く、また人通りも多いのでいつもより賑わっているのかと思いましたね、またインバウンドで外人さんの人たちも多く居てました。
どうみても転売ヤーの方達もちらほらと見受けられましたね

最近は欲しいものをとりあえずメモってでかけております。何故なら安さに釣られて!?とかブランドにつられて余計に買うものしてしまうことが多いのでそうしているのですが
大抵家に帰ってから「あれも買っておけばよかった」「あの店にいけばよかった」とか後悔の方が多い気もしますが。。。。

で、前にも書いてるかもしれませんが児島は繊維の町、学生服の町、ジーンズの聖地と言われており一度は衰退してきたのがまた新たに移住者とかここでしかできないモノづくりがあるので活気が出ているのかなと感じます。
今はもう世界の児島になっているのですね
(とあるブランドはルイビトンと提携したとか、またどこそこのブランドを受注しているとか聞きます)
そんな事を私が住んでいる淡路島で置き換え考えることがあります。
淡路島の今はブームといっていいのか、すごく観光の島として宿泊施設が出来たり新たな飲食店ができたりしています。
農業関連の移住者も多くて、農業が淡路島の地場産業として考えると児島の繊維の街といのと同じなんだと思います。
ブームだけでなくそれが将来へと繋がるものであって欲しいですね
高松の「うどん」も瀬戸大橋ができた頃からブームとして盛り上がり映画UDO Nでも描かれてましたがそれからも地元の文化として根付いているのが元々本来の姿なんでしょうね
そんな事を思いながら児島も高松も高知も毎年通っていますが地方が残っていく何かが起爆剤となって受け継がれていけばと思います

なんか評論家みたいな事を書きましたが、今住んでいる淡路島を照らし合わせて書きました。
橋のない時代に島内だけでも賑わっていた島。80年代にペンションブームが起きてその後橋ができた頃には「ただの橋桁でゴミを落とすだけ」と比喩されて
今現在パソナ、その他島外資本で賑わっている淡路島。これからどうなるんでしょうね

 

古着・ビンテージ・アートピースに思う

幼少の頃より洋服が好きで、小学生の頃には自分でジーンパンに色んなボタンを縫い付けたり、女性物を合わせてみたりしていました。たぶん家の仕事がクリーニング屋だった事や、3つ上の姉がいたせいだと思うのですが。。。
高校生の頃にクリーニングのお客でy’sのブラウスを出してくれたのを見てなんて綺麗なブラウスなんだろうと感動してそれから山本耀司や川久保玲の世界にハマっていくのですが、今年61歳のジジイになっても興味はあせません(苦笑)

さて、50年ぐらい色んな洋服を着てきましたが古くなってしまったのは当然の如く捨ててきました。
物によれば人にあげたりしたのもあるのですがほとんどはゴミになってTシャツぐらいはパジャマとして活用はしていました。
山本耀司や川久保玲の服に関しては価格的にも捨てきれずそのまま保管してたりしてましたがそれでもサイズアウトになった物に関しては捨ててしまってます。

コロナ以前ぐらいだったか?自分の子供が小遣い欲しさにメルカリで私たち夫婦の着なくなったものを売ることになったのです。
ちょうどイッセイミヤケが「プリーツプリーズ」を販売した頃に何点か購入したものがあり着らなくなったので売ることに。
すると1時間も経たないうちに売れてしまったのです。また購入者からの質問でまだありませんか?ということでまだアップしきれてなかったのですが
数点のプリーツプリーズが完売したのです。
「へぇー凄いな、こんなに簡単に売れるんだ」と実感したものです。
まだこの時点では実感が少なく、コロナの頃に暇を持て余して友達に依頼してメルカリやオークションに出品することになりました
モノによればすぐ売れるモノ。また希少性が高いと思っても売れないモノがあるのを実感したのです

それから現時点
そこで、そのモノの価値?というかどんなものがあるんだろうとググってみたら、今は古着ブーム(少し遅いですが)とやらでモノの価値が変わってきているのが理解できました。
確かに昔から古着ブームとかビンテージブームを見てきましたがだんだんと希少性のモノの価値が上がってきていて、ちょっと昔なら数万程度のものが数十万になってたりするんですね!?驚きでした。
まー、オークションなりメルカリなんか手軽になったのもあるし、情報が多く手に入るので拍車がかかってるのでしょうか

ここから今までの販売したものや手持ちの紹介です

オールドステューシーっていうらしく取引が多いらしいですね?売るまで知らなかったです(苦笑)
穴が空いていたり、ボタンがかけてたりしましたがそれがまたアートピース?と言うらしくてそんな事も六十一となって知りました。
オークションでかなりセッて入札されました

コムデギャルソンオムプリュスのセットアップで、私が未だオークションも無い頃に自分で作ったホームページで販売しました。
1万円でしたがすぐ売れました。
※昔の写真なので小さくて画像が悪いです

これに関しては、販売当時3万でしたが、今はなんと!!!!30万ぐらいの価格がついてます。
3万で入札された時もオドロキだったのに。。
恐ろしや、ビンテージの世界!!コムデギャルソンオムプリュスの94年だったかの縮絨のベストです。
ちなみにセットアップで買ったモモヒキ縮絨は未だあります。
※昔の写真なので小さくて画像が悪いです

ヨウジヤマモトのパーカー。今ではなんぼぐらいやろ?友達が買ってくれました

y’sフォーメンのブロードシャツ。
高校生の頃にいかした姉さんがクリーニングに出してくれたのを見てそれからはまりました
これは私所有で売り物ではありません


色んなブランドを着ていたDCブランド世代



クリーニング職人道具

60歳になって

お久しぶりの投稿になります。元気です。
今年5月で60歳という大きな節目の年齢になりました。やはり60になった途端ではないですが肉体の衰えを感じるようになりましたねぇ
50肩がいつまでも治らない。治ったと思ったらまた始まったり。。。そして痛風を初めて起こしました?以前にも同じような症状が出たのですが気のせいにしていたのと二日ほどで治ったから痛風だと思わずにいたのですが今回一週間ほどの痛みがあって医療従事者の方から「それ痛風やで」と言われて知る事になりました(苦笑)普段の生活を気にしなくてはならなくなってしまったのです。(酒はやめられないですが)
それと大きく変わったのが視力。車の免許証の更新にてまったく見えなかったのです!?5年前には見えてたのが。。。
監視官の人から「視力が落ちてますねぇ免許証には要メガネ等がはいりますよ」と言われたのです。
そして目の病気があるといけないから眼科に行って診てもらったのですが、眼圧が高い程度で何も病気は見当たらない事でホッとしたのですが、メガネを作る事になったのです。

親が亡くなってから、子供も巣立って夫婦二人の生活となり、自分勝手な生活というか、好きに生きていこうと自分のできる範囲で生活するようになりました。
3ヶ月に1回程度の一泊での国内旅行。好きな服を着て暮らす。極力無理はしない(できなくなっているのが現実かも)
そんな事でメガネを作りに神戸にあるグラスファクトリーへ。
この店はできた当初から気になっている店で、デザイナーフレイムも多数取り扱っており、好きなアランミクリのフレームがあるからです。
元々視力が良くてメガネとは無縁で10年前から老眼なので安物の老眼鏡を複数持っていたのですが、どうやら老眼だけでなく何やら視力の違和感もあったので、こちらでメガネを作る事に。
取扱レンズが、カールツァイスという事で検査もドイツ方式で行います。我が家の次男がこちらでメガネを作ったのでその辺りは理解しておりました。
さてさて小一時間ほどの診断も終わってフレーム選びへと。店の方も「これがお似合いですよ」というので見てみると、やはりのアランミクリ。即決で決定した次第です。

これからは好きな服を着て、好きな持ち物で、自分の体の一部となるモノに関してはそんなのに囲まれてこれからの人生いきたいとおもってます。
ブランド好き?といわれればそれまでですが、好きなものを身に纏う事でテンションも上がるし、健康上もいいものだと思ってます。
ルパン3世のアニメの中で次元大介が困難に遭うと「わくわくしてきたぜ」というセリフがあります。
もしこれから困難にあった場合はマイナス思考でなく「わくわくしてきたぜ」でやりすごします
ソンナ60からの人生を歩んでいきたいと!