投稿者: wpmaster

クリーニング店について(失われた30年)

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします
更新が全然できてないのですが、やはり何か言いたいこととか私の今の気持ちとかを書き残そうと思って
年に一回は最低でも投稿していきたいと思います。
さてタイトル通りですが、我が家は親父からのクリーニング店を1958年より続けてきて廃業も考えましたが今に至っています。
サブタイトルの「失われた30年」これはクリーニング業界でなく、縫製業、建築業、その他職人が必要とされている業界では
馴染みの言葉ですね

(写真は岡山県児島。ここの地場産業を支えているのはデニムに魅了された若者たちが集まって新たな地場産業を受け継いでいます)

ちょうど阪神淡路大震災、バブル崩壊等から技術をより安い国に頼るようになってしまって日本での職人が育たなくなってしまった事です。
建築業界の友達からは「左官業の人が居らずに70代の人がメインやで」と聞いたりしました。
今の時代背景からは要らなくなった技術もあるかと思いますが、でもやはり残していかないと絶えてしまってしまってからは遅いというのもあるかと思うんです。
アパレル業界からは「ミシンが踏める人がいない」とか「もう日本の繊維業界はほとんどなくなってきている」と聞いてもいます。
(コーデュロイはもう一社だけとかもききました)

さてさて、我がクリーニング業界の話を少ししたいと思います。
今から40年少し前にコンピューター専門学校を出てから就職活動もせずにブラフラしていた時に親戚の叔父から
「家業を継げばええんちがうか?創業50年とかになったら老舗でかっこええやん」
という言葉に唆されてクリーニング業をついだわけです。。。
40年前はバブル真っ最中でブランドのスーツに高価な衣装を着るのが当然のような時代でした。
そのためかクリーニング業界も大手取次店が進出してきて駅周りには3.4件のクリーニング店が当たり前のようにできたわけです
大手取次店は価格競争に走り「カッターシャツ50円」といったようなことになっていったのです
うちのような家族経営の個人店はそりゃ大変で手仕上げで150円というような全く採算の合わないことをやってたわけです
けど需要の多さにバブルの時代を乗り越えましていきました
阪神淡路大震災からでしょうかね、人々の洋服に関する考えとユニクロが出たのと重なりクリーニング屋をあまり必要としない時代になっていったのです。

(未だにバカな事をやっているクリーニング業界。こんなんじゃ業界が発展せずに後継も出来ないのが伺えます)

現在、あれから30年失われた30年が過ぎました。我が地域でもクリーニング生業店(取次店でない)は半径10キロでは我が店だけになってしまったのです。
それで職人(クリーニング師免許取得者)が少なくなり業界が衰退化した現在いままた必要される時代が来ていました
それは、専門職人の必要性とシーツ等のリネンサービスの拡大があったからなのです。
至る所に宿泊施設が出来てそれを処理するのが出来なくなってコインランドリーで処理をしなくてはいけない状況となってしまいました
我が店でも一件の宿泊施設を受けていますがそれでもピーク時はほぼ1ヶ月休みなく働かなければならない状況になってしまいました
時代は巡ると言いますが、方向性が違うけど必要とされる仕事になっていたのですね。
今からの時代AIの発展が目まぐるしく進歩していく中、もし一生涯の仕事をするなら職人を目指すのもいいかなぁと思った2026年です

(当店のリネンサービスでのシーツ洗濯、粗乾きにさせてから乾燥機にかけます)


(手アイロンでジーンズのセルビッチ部分を抑えています)

 

古着・ビンテージ・アートピースに思う

幼少の頃より洋服が好きで、小学生の頃には自分でジーンパンに色んなボタンを縫い付けたり、女性物を合わせてみたりしていました。たぶん家の仕事がクリーニング屋だった事や、3つ上の姉がいたせいだと思うのですが。。。
高校生の頃にクリーニングのお客でy’sのブラウスを出してくれたのを見てなんて綺麗なブラウスなんだろうと感動してそれから山本耀司や川久保玲の世界にハマっていくのですが、今年61歳のジジイになっても興味はあせません(苦笑)

さて、50年ぐらい色んな洋服を着てきましたが古くなってしまったのは当然の如く捨ててきました。
物によれば人にあげたりしたのもあるのですがほとんどはゴミになってTシャツぐらいはパジャマとして活用はしていました。
山本耀司や川久保玲の服に関しては価格的にも捨てきれずそのまま保管してたりしてましたがそれでもサイズアウトになった物に関しては捨ててしまってます。

コロナ以前ぐらいだったか?自分の子供が小遣い欲しさにメルカリで私たち夫婦の着なくなったものを売ることになったのです。
ちょうどイッセイミヤケが「プリーツプリーズ」を販売した頃に何点か購入したものがあり着らなくなったので売ることに。
すると1時間も経たないうちに売れてしまったのです。また購入者からの質問でまだありませんか?ということでまだアップしきれてなかったのですが
数点のプリーツプリーズが完売したのです。
「へぇー凄いな、こんなに簡単に売れるんだ」と実感したものです。
まだこの時点では実感が少なく、コロナの頃に暇を持て余して友達に依頼してメルカリやオークションに出品することになりました
モノによればすぐ売れるモノ。また希少性が高いと思っても売れないモノがあるのを実感したのです

それから現時点
そこで、そのモノの価値?というかどんなものがあるんだろうとググってみたら、今は古着ブーム(少し遅いですが)とやらでモノの価値が変わってきているのが理解できました。
確かに昔から古着ブームとかビンテージブームを見てきましたがだんだんと希少性のモノの価値が上がってきていて、ちょっと昔なら数万程度のものが数十万になってたりするんですね!?驚きでした。
まー、オークションなりメルカリなんか手軽になったのもあるし、情報が多く手に入るので拍車がかかってるのでしょうか

ここから今までの販売したものや手持ちの紹介です

オールドステューシーっていうらしく取引が多いらしいですね?売るまで知らなかったです(苦笑)
穴が空いていたり、ボタンがかけてたりしましたがそれがまたアートピース?と言うらしくてそんな事も六十一となって知りました。
オークションでかなりセッて入札されました

コムデギャルソンオムプリュスのセットアップで、私が未だオークションも無い頃に自分で作ったホームページで販売しました。
1万円でしたがすぐ売れました。
※昔の写真なので小さくて画像が悪いです

これに関しては、販売当時3万でしたが、今はなんと!!!!30万ぐらいの価格がついてます。
3万で入札された時もオドロキだったのに。。
恐ろしや、ビンテージの世界!!コムデギャルソンオムプリュスの94年だったかの縮絨のベストです。
ちなみにセットアップで買ったモモヒキ縮絨は未だあります。
※昔の写真なので小さくて画像が悪いです

ヨウジヤマモトのパーカー。今ではなんぼぐらいやろ?友達が買ってくれました

y’sフォーメンのブロードシャツ。
高校生の頃にいかした姉さんがクリーニングに出してくれたのを見てそれからはまりました
これは私所有で売り物ではありません


色んなブランドを着ていたDCブランド世代



クリーニング職人道具

60歳になって

お久しぶりの投稿になります。元気です。
今年5月で60歳という大きな節目の年齢になりました。やはり60になった途端ではないですが肉体の衰えを感じるようになりましたねぇ
50肩がいつまでも治らない。治ったと思ったらまた始まったり。。。そして痛風を初めて起こしました?以前にも同じような症状が出たのですが気のせいにしていたのと二日ほどで治ったから痛風だと思わずにいたのですが今回一週間ほどの痛みがあって医療従事者の方から「それ痛風やで」と言われて知る事になりました(苦笑)普段の生活を気にしなくてはならなくなってしまったのです。(酒はやめられないですが)
それと大きく変わったのが視力。車の免許証の更新にてまったく見えなかったのです!?5年前には見えてたのが。。。
監視官の人から「視力が落ちてますねぇ免許証には要メガネ等がはいりますよ」と言われたのです。
そして目の病気があるといけないから眼科に行って診てもらったのですが、眼圧が高い程度で何も病気は見当たらない事でホッとしたのですが、メガネを作る事になったのです。

親が亡くなってから、子供も巣立って夫婦二人の生活となり、自分勝手な生活というか、好きに生きていこうと自分のできる範囲で生活するようになりました。
3ヶ月に1回程度の一泊での国内旅行。好きな服を着て暮らす。極力無理はしない(できなくなっているのが現実かも)
そんな事でメガネを作りに神戸にあるグラスファクトリーへ。
この店はできた当初から気になっている店で、デザイナーフレイムも多数取り扱っており、好きなアランミクリのフレームがあるからです。
元々視力が良くてメガネとは無縁で10年前から老眼なので安物の老眼鏡を複数持っていたのですが、どうやら老眼だけでなく何やら視力の違和感もあったので、こちらでメガネを作る事に。
取扱レンズが、カールツァイスという事で検査もドイツ方式で行います。我が家の次男がこちらでメガネを作ったのでその辺りは理解しておりました。
さてさて小一時間ほどの診断も終わってフレーム選びへと。店の方も「これがお似合いですよ」というので見てみると、やはりのアランミクリ。即決で決定した次第です。

これからは好きな服を着て、好きな持ち物で、自分の体の一部となるモノに関してはそんなのに囲まれてこれからの人生いきたいとおもってます。
ブランド好き?といわれればそれまでですが、好きなものを身に纏う事でテンションも上がるし、健康上もいいものだと思ってます。
ルパン3世のアニメの中で次元大介が困難に遭うと「わくわくしてきたぜ」というセリフがあります。
もしこれから困難にあった場合はマイナス思考でなく「わくわくしてきたぜ」でやりすごします
ソンナ60からの人生を歩んでいきたいと!